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世界で最も薄い機能紙を、高知から。
廣瀬製紙株式会社
代表取締役社長 岡田 祥司
1974年、千葉県生まれ。1999年、大学院にて機械工学を修了後、非鉄金属メーカー(現:JX金属株式会社)に入社し、リサイクル分野で機械設計およびプラント建設に従事する。2007年7月、廣瀬製紙株式会社に入社。2010年経営革新室長、2014年取締役新規事業SBU長を経て、2018年に代表取締役に就任。2019年にはHirose Europe GmbHを設立し、欧州展開を本格化させる。現在、高知県発明協会会長、日本不織布協会理事、機能紙研究会理事、土佐市商工会理事を兼務。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。
この記事でわかること
- 土佐和紙の技術を応用した産業用中間素材メーカー、廣瀬製紙
- 乾電池セパレーター世界シェア約3割、海外売上比率8割の実績
- ビニロン開発の教授への直談判から始まった技術の原点
- 機械系エンジニア出身の岡田社長による直貿化と欧州法人設立
- ナノファイバーの展望と、用途を共に探す人材への期待
電池にも農業資材にも。世界で使われる独自素材。
当社は高知県土佐市で産業用の機能紙をつくっているメーカーです。1958年の創業以来、一貫して手がけてきたのは機能性繊維による湿式不織布という素材です。
不織布と聞くと、マスクや紙おむつを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、当社がつくっているのはそうした日用品ではなく、ほとんどが他社の製品の中に組み込まれて働く産業用の中間素材です。
たとえば、電池もその一つです。プラス極とマイナス極が触れ合わないよう隔てるセパレーターという膜があり、当社はこの分野で、アルカリマンガン電池の単三・単四といった乾電池向けに世界シェアの約3割(自社調べ/推計値)を占めています。
ほかにも、食品・医療向けの液体フィルター、スマートフォンの電磁波シールド材、食品包装、医療材料、土木建築、自動車部品、農業資材などの幅広い分野で当社の不織布が利用されています。
当社の海外売上比率は8割に達します。輸出先はアメリカ、ヨーロッパ、アジア、そして南米。グループ従業員164名の会社ですが、事業の舞台は最初から世界でした。2019年にはドイツ・デュッセルドルフに欧州の販売会社を設立。2020年には、経済産業省の「グローバルニッチトップ企業100選」にも選出されました。
「薄い」を支える、三つの技術。

これだけ多様な分野で当社の不織布が活用されているのは、極めて薄い不織布をつくる技術があるからです。
その原点は土佐和紙にあります。紙を漉く技術を合成繊維に応用したのが、当社の始まりでした。繊維を水に分散させ、網の上に流し、脱水し、乾かして、一枚のシートにする。ただ、薄くつくろうとすると途端に難しくなります。
技術は大きく三つあります。一つ目は、原料を水の中に均一に分散させる技術。当社が使うのはポリエステル、ポリオレフィン、PPSといった合成繊維ですが、材料によって水に沈むものと浮くものがあります。沈むものは混ぜやすいですが、浮くものを均一に混ぜることは非常に難しい。ここをどうするかが当社のノウハウです。
二つ目が、薄いシートを漉く技術。三つ目が、シートをロールに巻き取る技術です。薄いということは、シートとしての強度が弱いということでもあります。少し引っ張れば切れてしまう。その力加減を制御できなければ、製品にはなりません。
この三つの技術を磨き上げてきた結果、当社は100%合成繊維による不織布の製造技術も、ナノファイバーの製造方法の確立も、業界に先駆けて実現してきました。
大手が入れない領域に、しっかりと入り込む。
もう一つ、当社を理解していただくうえで欠かせない特徴として、多品種少量生産を行っていることが挙げられます。
お客さまごとの仕様に合わせ、カスタマイズしてつくる。大手メーカーにとっては事業化しにくい規模でも、当社であれば十分に事業として成り立つ。そうした領域に、しっかりと入り込んでいく。当社がシェアを持っているのは、まさにそうした分野です。
裏を返せば、お客さま一社一社の要求に応えきる力がなければ成立しないやり方でもあります。「これくらいの薄さのものが欲しい」といった仕様に応えるだけでは足りません。その素材が現場でどう使われ、何に困っているのか。そこまで踏み込んで初めて、次の提案ができます。
多品種少量の生産と品質を担保するため、ISO9001とISO14001の認証を取得したほか、グループ内に加工を担うテクノヒロセ株式会社を設立し、一貫して対応できる体制を整えています。
こうした「領域を選んで勝つ」姿勢は、創業者から受け継いだものでもあります。市場そのものをつくらなければならなかった時代、自社の生産能力だけでは到底足りません。そう考えた創業者は自社の技術を他社にも提供することで、一緒に市場を作ってくれる仲間を探しました。
おかげで当社は国内の同業とライバルであると同時に、仲間でもあるという認識を持っています。そのうえで勝負するのは海外だと考えています。不織布は中間素材ですから、化け方がいくらでもあります。何にでもなれる。それが一番の強みであり、同時に難しさでもあります。
市場を生み出した、挑戦を恐れないDNA。

創業者は私の祖父にあたりますが、研究者ではありません。商業高校を出て紙をつくっていた人間でした。その祖父が、早い時期にひとつの疑問を持ちます。「土佐和紙の原料だけで、この先やっていけるのか」と。
自然繊維の紙は劣化しますが、合成繊維であれば劣化しない。ちょうどその頃、京都大学の教授らが日本初の合成繊維「ビニロン」を開発したという話が耳に入りました。
祖父はその開発に携わった教授の講演を聞きに行き、その夜、宿泊先で宴会をしているところへ押しかけたのです。自社の製品を手に「こういうことが一緒にできないか」と訴え続け、教授はその熱意に負けて祖父を京都へ招き入れてくださいました。当社の技術は、この一夜から始まっています。
もっとも、当時できていたのは長い糸だけで、紙の原料ではありません。祖父はカッターで一本ずつ切り、水に混ぜ、手漉きで実験を重ねました。そうしてできた一枚の紙を土産に高知へ戻り、会社を起こしたのです。
ただ、機能性不織布という概念そのものが存在しない時代です。量産体制はつくったものの、売り先がない。祖父は教授とともにタイ、インド、欧米、中国と世界を回り、ようやく乾電池のセパレーターという用途にたどり着き、その後、世界で大きなシェアを獲得する製品にまで成長していきます。創業から、およそ14年が経っていました。
用途も分からないまま会社設立や設備投資に踏み切り、自ら世界を巡って市場を創り出す。この「挑戦を恐れないDNA」は、当社の根底に力強く流れています。
お客さまの声を、自分たちで聴く。
私が入社したのは2007年です。当時の私は非鉄金属メーカーで機械系のエンジニアをしていました。重い金属から、軽い繊維へ。まったく逆の世界への挑戦でした。
入社した時点で、売上はピークから4割ほどまで落ちていました。まず取り組んだのは、現場の改善です。改善の余地は多分にありました。
例えば、製造プロセスには「問題が起きたら素材や原料をすべて廃棄する」というルールだけが残り、なぜそうするのかという本質が問われていませんでした。思考を止めて現状維持を続けるだけでは物事は退化していく一方です。こうした課題を一つずつ解消していきました。
次に進めたのが商社経由の取引を直接取引へ切り替える、いわゆる直貿化でした。製品の価値を高めるためには、お客さまが何に困り、何に価値を感じるのかを知る必要があります。
ところが当時の社内は、お客さまの声を聴くすべがありませんでした。お客さまと接していなければ、品質保証の考え方も、製造方法もずれていきます。そこで、お客さまとの直接取引を行い、ニーズを把握できる体制へと変えていきました。
お客さまの声を直接聴くという方針の延長線上で、2019年には欧州法人を設立しました。ヨーロッパには小さな企業が多く、各社は製品の価値の出し方がとても上手です。当社の製品は少し高いのですが、それでも買っていただけますし、うまく価値に変えて市場に出してくださる。ドイツは当社の製品の付加価値を正しく評価してくれる市場でした。
当社はいま売上100億円という目標を掲げています。その可能性があるのは環境や気候変動に関わる領域です。私たちが扱う合成繊維は、もとをたどれば石油由来の素材です。
それ自体が環境課題の一つである以上、自分たちが出した問題以上のものを生み出さなければ、社会に還元できているとは言えない。だからこそ、この領域に挑む意味があると考えています。
まだ見ぬ用途を、一緒に探してくれる方へ。

今後、技術的に最も大きな可能性を感じているのはナノファイバーです。繊維が細くなればなるほど、その隙間(孔)は小さくなり、より精密な分離や濃縮ができるようになります。
これまで精密な領域はフィルムが担ってきましたが、フィルムは精密であるがゆえに隙間(孔)を持たせることが難しいという側面があります。ナノファイバーは、微細な隙間(孔)を生かすことで、まだ誰も手をつけていない領域を開拓できる可能性があるのです。
ナノファイバーが、どの業界で、どんな形で使われていくのか。正直なところ、まだ見えていない用途のほうがはるかに多いです。「新しい分野をどう見つけるのか」とよく聞かれますが、特別なことはしていません。分野を限定せず、人に会い、話を聞き、そこから何かひとつ持ち帰る。その地道な積み重ねです。だからこそ、一緒に探してくれる方に来てほしいと思っています。
当社は電池、フィルター、医療、農業など幅広い分野に展開しているので、採用においても業界経験で間口を閉じることはしていません。むしろ当社の技術を知ってもらい、「これならこんなことができるのではないか」と可能性を思い描ける方に、ぜひ来てほしいですね。
高知という土地は太平洋の向こうにある世界を真っ直ぐ見据えています。幕末の志士たちがそうであったように、太平洋に面したこの場所は、「世界への入り口」であり、世界を相手に仕事をするうえで、これほど魅力的な拠点はありません。
私が入社した頃は新しい考え方を持ち込みづらい雰囲気がありました。最近は自分の考えをはっきりと口に出す社員が増えてきています。次は、自分の考えを発信するだけでなく、自ら動く組織へ進みたいと思っています。高知から世界に羽ばたく事業を一緒に創っていきましょう。